美術品について

日々さまざまな美術品を扱う総合美術買取センターweb担当による、
美術品に関するお役立ち情報を中心に更新しています。

今後楽しみにしている事など…

台風が猛威を振るっているかと思えば、朝晩冷え込むようになって参りました。

服装のおしゃれも楽しめる季節になって来ましたね。

さて、本日は私が今後の楽しみとしている事の一つをご紹介!!

舞台挨拶

先日プレスリリースされた弊社買取強化作家の一人、草間彌生先生の美術展。

草間彌生先生の大回顧展「わが永遠の魂」が、2017年2月22日から5月22日まで、東京・六本木の国立新美術館で開催されます。草間先生の個展としては過去最大規模、会場の国立新美術館は全館をくまなく使って、草間作品で埋め尽くされることとなるそうです!
9月27日、草間先生は、開催への感謝とともに
「私の人生は芸術によって磨かれました。そしてこれから一層、死に向かって新しい芸術を開拓するために死にものぐるいで闘っています」と、渾身のメッセージを伝えられました。
『TIME』誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」に日本人でただ一人選ばれた世界のKUSAMAは、10歳の頃より水玉と網目模様をモチーフに絵を描き始め、1950年代後半には単身渡米。絵画、彫刻、インスタレーション、映像、さらに小説や詩に至るまで、あらゆる方法を使って、圧倒的な量と質で「芸術」を体現して来られました。
現在88歳の先生は、幼少期からの重い強迫神経症、周囲に理解されない孤独、高齢となり視力もだいぶ弱まっているといいます。それでも彼女は、まっすぐに、スピードを緩めることなく芸術の最前線を走り続けています。「私が死んだ後も、私の創造への意欲と芸術への希望、私の情熱を感じていただけたら、これに勝る喜びはありません。みなさんの精神的な悩み、人生の苦しみがあった時に、私の生きてきた道を見つけてくれたら本当に嬉しいです」と、涙ながらにコメントされました。その苦しみを理解する事は出来ないまでも、想像すると並大抵じゃない情熱が伝わってきます。
この集大成ともいえる個展を見たら、他のお客様に迷惑になること間違いなく感涙し、立ち尽くす自分の姿が想像出来ます。。。
世界の名だたる美術館でも大規模な個展を行ってきた草間先生の作品群が、ついに東京で一同に会する訳です。
国内初公開となる大作「わが永遠の魂」約130点を中心に据え、初期から現在まで。。。屋外には「水玉ガーデン」も!そして草間芸術の醍醐味「ミラールーム」も展示される予定です!!きっと連日すごく混雑してるんだろうな…と。。。平日を狙って行きたいものですね。
カボチャ pミラールーム
【展覧会情報】
「草間彌生 わが永遠の魂」
場所:国立新美術館 企画展示室 1E
会期:2017年2月22日~5月22日
時間:10:00~18:00(金曜は20:00まで、入館は閉館の30分前まで)
料金:一般1,600円 大学生1,200円 高校生800円
休館日:火曜日(5月2日は開館)

続きましては…

ルノ展

これも、気になっております。

すごいインパクト…。言わずと知れたルノワールと梅原龍三郎。

左右に並べちゃうんだ…という驚きと共に二人の師弟関係も、楽しみのひとつ。

ルノワール先生(先生同士も並べます)龍三郎

『画壇のライオン』と呼ばれた梅原龍三郎(1888-1986)は、20歳の時に渡仏しリュクサンブール美術館で見たルノワールの絵に深く感銘し、その後師事することになったのですが、ルノワールは梅原に対し、「君には色彩がある。デッサンは勉強で補えるが、色彩はタンぺラマン(天性)だ」と高く評価していわれています。帰国した梅原はヨーロッパで学んだ油彩画に、日本の伝統的な美術を取り入れ、個性あふれる画風を展開し「日本の洋画」の巨匠として高く評価されます。

この展覧会は、ルノワールと龍三郎だけでなく、彼が蒐集した作品(親交のあったピカソ、ルオーなど)も80点ほど展示される予定です。

龍三郎先生はボンボンですものね。34歳までお父様に仕送りして頂けるなんて…

本当にうらやましい。。。そしてかなりの美食家!和食よりフランス料理か中華かなんて…

そんな先生のいろんな顔が見られる展示会だといいなぁ…と期待を膨らませております。

【展示会情報】
「拝啓 ルノワール先生―梅原龍三郎に息づく師の教え」(東京会場)
会場:三菱一号館美術館
住所:東京都千代田区丸の内2-6-2
会期:10月19日から2017年1月9日
時間:10:00~18:00(祝日を除く金曜、第2水曜、1月4日~6日は20:00まで、)
※入館は閉館の30分前まで
料金:一般1,600円、高校生・大学生1,000円、小・中学生500円
休館日:月曜日(但し、祝日の場合は開館)
※年末年始休館12月29日~2017年1月1日

「拝啓 ルノワール先生―梅原龍三郎に息づく師の教え」(大阪会場)
会場:あべのハルカス美術館
住所:大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16階
会期:2017年1月24日~3月26日
時間:火~金10:00~20:00、月土日祝10:00~18:00
※入館は閉館の30分前まで
休館日:1月30日、2月6日、13日、20日、27日


最後の一つは、ここ数日査定依頼の多い茶道具系。

行ってみたい樂美術館!!

樂美

『公益財団法人樂美術館は樂焼窯元・樂家に隣接して建てられています。1978年樂家十四代吉左衞門・覚入によって設立、収蔵作品は樂歴代作品を中心に、茶道工芸美術品、関係古文書など樂家に伝わった作品を中心に構成されています。これら樂家伝来の収蔵作品は、450年の永きにわたって、樂家歴代が次代の参考になるよう手本として残してきたもの。樂家の人々はこれらの作品を制作の糧として樂焼の伝統を学び、それぞれ独自な作陶世界を築いてきました。樂美術館にはまさに樂焼450年の伝統のエッセンスが保存されているのです。』

【一 楽、二 萩、三 唐津】と茶道では、茶碗などの陶器に順番をつけているのを聞いたことがありますが、なぜなんでしょう?と漠然と思いまして。。。備前は?信楽焼は?

要は、樂は「お茶」専用に利休が作らせた物だからだそうです。それまでは舶来品とか、御飯茶碗に使われていたものを転用したりとかしてたんですよね。

ちなみに…

初代長次郎(ちょうじろう)・二代常慶(じょうけい)・三代道入(どうにゅう)、別名ノンコウ・四代一入(いちにゅう)・五代宗入(そうにゅう)・六代左入(さにゅう)・七代長入(ちょうにゅう)・八代得入(とくにゅう)・九代了入(りょうにゅう)・十代旦入(たんにゅう)・十一代慶入(けいにゅう)・十二弘入(こうにゅう)・十三代惺入(せいにゅう)・十四代覚入(かくにゅう)・当代十五代吉左衛門(1949~)

まで、十五代を数えます。

ここに行けば、茶道の魅力や茶道具の奥深さにも、全く縁遠い私でも少しは理解出来るんじゃないかと浅はかに考えております。

黒楽 赤楽

公益財団法人 樂美術館

住所:602-0923 京都市上京区油小路通一条下る
TEL:075-414-0304
FAX:075-414-0307
開館時間:10:00~16:30(入館は16:00まで)
休館日:月曜日(祝日は開館)、展示替え期間


さて、ここ最近は冒頭にご紹介した草間先生の査定のご依頼も複数いただいております。なんと、女学校時代のお友達でいらしたお客様からもお電話をいただきました(ご依頼は草間先生ではありませんが)。お話を伺うだけでもすごく面白そうですよね。

絵画の査定のついでに茶道具やアンティークも持って行って!というお客様も多数いらっしゃいます。

気が付くと毎日慌ただしく過ぎていきますが、ご自宅にある美術品で何か査定してもらいたいなぁというものがございましたら、お気軽にご連絡くださいませ。それぞれのジャンルの鑑定士が精一杯査定させていただきます。                                                       お待ちしております。

最近の買取事情〈ヨーロッパ編〉

秋も深まって…

と書き出したいところですが、この空模様。。。

本日のお題は、最近お問合せを頂いている作家さんのご紹介!

アンニュイな表情を想像したらNo,1と言えるのではないでしょうか?

ジャン・ピエール・カシニョール(1937~)

カシニョール甘い誘惑【甘い誘惑】

フランス、パリに生まれる。1952年、パリのルシー・クロッグ画廊にて初の個展開催(15歳)。

1955年パリ美術学校入学試験に合格

1969年、東京・三越百貨店にて個展。

1970年、アメリカ、ウォーリー・フィンドレー画廊にて個展。奇妙なことですが、パリ生まれのカシニョールがフランスで知られるようになったのはアメリカを経由して、日本で評価されてのことであったと、ソルリエは記しています。

夢見る女性像を魅力的に描き甘美であり、「絵は喜びの源である」というカシニョールは、親日家で過去何度も来日しており、タレントの黒柳徹子さんも描いているのは有名なお話ですね。日本では今でも人気作家さんです。

一方、アメリカでも人気は高いようで…こちらの

1億カシニョール【Dans la roseraie】1975年 油彩 60号

は、2013年11月にアメリカの大手オークション会社で開催されたオークションで、60号の油彩が893,000ドル(手数料込)<※1ドル120円で換算した場合で1億716万円>という高額で落札され話題となりました。

一度見たら、「あっ!見たことある!!」という独特の画風。でも、これはとても難しい事だと思うのです。そうやって、自分の地位を創り上げて来たカシニョールさんの人気は当り前かもしれません。

さて、独特な画風繋がりといえば…

ベルナール・カトラン(1919~2004)

カトラン

フランス、パリに生まれる。1945年パリの国立高等美術工芸高校に入学。
1950年ブリュメンタル賞受賞。
1965年「ムルロ工房の版画」のカタログにシャガール、ピカソ、ミロらと共に採録される。
1973年 ニューヨーク、東京など各地で個展開催。
1995年 レジオン・ドヌール勲章を受章。
2004年 パリにて死去。享年84歳。

主として静物画、それもバラやポピーなど親しみのあるお花が有名です。作風は、色彩の明暗による詩的、象徴的表現を得意としており、抽象と具象のはざまの世界を表現しています。また、日本やアジアを取材し、多くの作品を発表しているので、それも我々日本人の心を掴んでいる理由の一つだと思われます。

ベゴニアとアジサイ【ベゴニアとアジサイ】同系色に同系色!!

マリーゴールドの花束【マリーゴールドの花束】更に同系色に同系色!!!

抽象と具象のはざま…色彩の濃淡…秀逸です!!

独特といえば、忘れてはいけないのが

ベルナール・ビュフェ(1928~1999)

EPSON MFP image

フランス、パリに生まれる。1943年、パリ国立高等芸術学校に入学。

1948年、パリで最も権威のある新人賞・批評家賞を受賞。この頃から天才画家として有名になる。硬質で鋭く太い針金のような輪郭線、モノトーンに近い色彩を特色とする独自の様式を築き、その画面には人物の不安げな表情などとあいまって第二次大戦後の作者の不安で荒涼とした心象風景が表されています。

女性像のモデルは多くの場合、妻のアナベルです。彼女との出会いは彼にものすごいインスピレーションを与えたようです。それまでの彼の作風は暗く、色彩がとぼしく、出口の見えないような陰鬱さが見て取れますが、彼女と出会ってから、彼女が生涯のミューズとなって、彼の絵に明るい色彩と人生を肯定するような画風があらわれてきたようです。

油彩画のみならず、優れた版画も多く制作しています。1971年、レジオン・ドヌール勲章を受章。最愛の妻アナベルと生涯を添い遂げる間も彼の孤独が癒えることはなく、晩年にはパーキンソン病を患い、71歳で自らの命を絶ってしまいます。
彼の作風は人物も風景も動物も、本当に独特です!!

カルメン【カルメン】エスカミリオ【エスカミリオ】

Exif_JPEG_PICTURE【サクレール寺院】

小さなフクロウ【小さなフクロウ】

…写真をみると、イケメンですねぇ。。。さぞ、おモテになったんじゃないかと思います。。。そんな彼が生涯愛し続けたアナベル。

その証拠は、ビュッフェが最晩年に描いた「自分の家族の肖像画」…妻アナベル、娘と息子、端のしわくちゃ老人が自分。描かれた娘も息子もそこそこ年老いているのに、アナベルだけが全く年老いてない…   ビュッフェの愛が描かれているんですね。

ご興味のある方は、探してみて下さい。

さて、パリ生まれの上記の方々。最近の査定のご依頼上位です!!

バブル期にそれこそ「我先に!」と人気のあった作家たち。

重厚感のある油彩や、飾りやすい版画は、一枚で格調高く洗練された空間を作り出し、大切なお友達を我が家にお迎えしたことでしょう。

バブル期は終わりましたが、今でも人気の高い作家さんですし、価値もあります!!

そういえば…と思った方は、またお部屋に飾って頂いても、我が社に査定に出して頂いても良い機会かと思います。

今後とも、よろしくお願い致します。

最近の買取事情〈日本編〉

金木犀の香りが一気に強くなったここ数日ですね。

この香りを独り占めするかのように、深呼吸してしまいます。共感していただける方はどのくらいいるのか、気になるところです。

先週に引続き最近の買取事情(日本編)です。

毎日たくさんのお問合せを頂戴しておりますので、なかなか絞るのは難しいのですが…

藤田 嗣治(レオナール・フジタ1886~1968)

嗣治

前回のブログでアンニュイな表情を描かせたら…と、浮かんで来たのがフジタのこの絵柄。

嗣治アンニュイ

彼はモディリアーニ、シャガールなどと並んでエコール・ド・パリを代表する画家のひとりであり、フランスでもっとも有名な日本人画家です。
日本にいた頃は文展に出しても落選ばかりでしたが、1913年に渡仏し、才能が開花!パリ画壇に一大センセーショナルを巻き起こしました。

「乳白色の白」と呼ばれる独特の肌の色・質感は、レオナール・フジタの代名詞にもなっています。(後の研究でベビーパウダーを使っていたことが分りました)

乳白色

特にヌードの評価が高く、春画のエロスをも彷彿とさせるとして、本場パリで絶賛されました。というのも当時の日本画壇は、まだ印象派を追う事しかできずにおりましたので、それらの作品とは比較にならないほど独創的でエレガントです。
サロンに作品を展示すれば黒山の人だかりを作り、サロン・ドートンヌ展の審査員にも推挙されます。
パーティーでは女装したり、着物を着て民謡を唄い、日本舞踊を舞う。お調子者の意である「フーフー(FouFou)」と呼ばれ、作品とともにプライベートでもフランス中の注目を集め「パリの寵児」となったのです。
彼の存在感がどれほど大きいものかは、最新のモード・ファッションとの結びつきを見ても明らかでしょう。
ジル・サンダーの2010春夏のコレクション、さらにクリストフ・ルメール2011の春夏コレクションも、レオナール・フジタにインスパイアされたものです。近年のお話なので、やはり『本物』は時代をも難なく超えてくるものなんですね。

藤田嗣治の影響力は日本人が思っているよりもはるかに甚大です。
しかし、日本人は最後の最後まで彼の真価を見抜けませんでした。

…彼がフランスに帰化してしまった理由がそこにあるのです。

1925年フランスからレジオン・ドヌール勲章、ベルギーからレオポルド勲章を贈られた藤田は、第二次大戦の戦禍を逃れるため日本へ帰国しますが、日本でも戦争が勃発しました。藤田は少しでも自国に貢献したいと考えていたので、与えられた「従軍画家」の仕事に従事しました。

敗戦後、画家らは従軍画家の戦争責任を糾弾しはじめます。
ヨーロッパでの成功に対する嫉妬も重なり、強い非難を受けフジタは、再度フランスへ渡り、そこで帰化します。
二度と日本の地を踏むことはありませんでした。
帰化後、カトリックの洗礼を受けてレオナール・フジタになり、フランス政府からはシュバリエ(ナイト)の称号を贈られます。日本政府から勲一等瑞宝章を贈られたのは、彼の死後の事です。

フランスに帰化してしまったフジタですが、彼の日本人としての心は彼の言葉から伝わります。

「私が日本を捨てたのではない。日本に捨てられたのだ」
「私はフランスに、どこまでも日本人として完成すべく努力したい。私は世界に日本人として生きたいと願う。それはまた、世界人として日本に生きることにもなるだろうと思う」

なんだか、殺伐とした内容になってしまいましたが、藤田の人柄が出る「猫」も「少女」もとても癒されますね。

嗣治のねこねこアイキャッチ日

お次は、日本画の大家

横山大観(1868~1958)

大観

キッチリとした日本画を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?

上記の藤田とは真逆かと思いもしますが、やはり多く査定をいただいております。

それだけ皆様の心を打つ絵柄なんですね。

紅葉ワイド

「紅葉」は紅葉の朱色が鮮やかに色づいています。その朱をより美しく見せるために川面を銀色の輝きで覆っております。この輝きは薄く伸ばした金属の箔を散りばめたものだそうです。箔師の遠藤典男さんによると、蒔絵と呼ばれる技法で大観はプラチナ箔を使用していたそうです。銀箔ではなくプラチナにすることで力強さが生まれ紅葉の鮮やかさに匹敵するそうです。すごいこだわりです。

大観はこの蒔絵にとてもこだわった作家で、蒔絵を行う際、最初に撒くのが砂子。箔をふるいに掛け細かくすると砂子になり、網を張った筒に入れる。接着に使うのは膠で、その上に砂子をまんべんなくふりかける。表面が乾くと再び同じ作業を繰り返しながら絵に空気感を与える。

 砂子が終わった次に撒くのが切箔。箔の小さな各片を作ったもので、砂子と同じように網を張った筒に入れてふりかける。切箔を行うことで奥行きをもたらす効果があり、大きさを変えて何種類もふりかける。 切箔の次に行うのが野毛。幅1ミリほどに切った箔で、細さ故に撒くと折れ曲がり不規則な形で定着する。コントロールできない思いがけない形が絵に躍動感を与える。最後に大きな切箔を置きアクセントを付けることで完成させる。このように大観は蒔絵の繊細な技術を駆使し、絵に戦列な輝きと躍動感をの与えました。
師弟
 横の絵も魅力的ですが、大観はこの縦の線がとても魅力的だと思いました。竹の節の感覚に至るまで細部にわたり力強い方向性、竹の伸びやかな上への志向、しかしその指示性に強引さが見えず、伸びやかだな…と感心してしまいました。
さて、独特な力強さのある作家といえば…
棟方志功(1903~1975)
志功   志功彫る
1903年、青森に鍛冶屋の三男坊として生まれる。小学校卒業後、すぐに家業の手伝いに入ったため中学には行けなかったが、絵が大好きで、仕事を終えると毎日公園で写生に時間を費やした。
18歳の時、友人宅でゴッホの『ひまわり』が挿し絵に使われていた文芸誌『白樺』をプレゼントされた。炎のように燃え上がる黄色に、そのヒマワリの生命力と存在感に圧倒され、ゴッホになりたいと強く思った。
この誓い通り彼は油絵の道にのめり込み、21歳のとき上京した。ところが、簡単には世間に認められず、コンクールに落選する日々が続く。3年、4年と時間だけが経っていった。仲間や家族から、有名画家に子入りすることを勧められるが、彼は激しく抵抗した。
“師匠についたら、師匠以上のものを作れぬ。ゴッホも我流だった。師匠には絶対つくわけにはいかない!”彼は新しい道を模索し始めた。
そして、とうとう棟方は気付く。
“そうだ、日本にはゴッホが高く評価し、賛美を惜しまなかった木版画があるではないか!北斎、広重など、江戸の世から日本は板画の国。板画でなくてはどうにもならない、板画でなくてはわいてこない、あふれてこない命が確実に存在するはずだ!”
弁財天妃の柵 木版画
1956年(昭和31年)、ヴェネツィア・ビエンナーレに「湧然する女者達々」などを出品し、日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞。1960年 病が悪化し、左目を失明。右目はド近眼。1969年(昭和44年)青森市から初代名誉市民賞を授与され、翌年には文化勲章を受章する。1975年(昭和50年)、東京にて肝臓がんのため永眠。同日付で贈従三位。
志功のお墓は青森三内霊園にあります。亡くなる前年に自分の墓の原図を描いてあり、忠実に作られた墓は、なんとゴッホの墓と全く同じ大きさ、デザインのものだった!そうです。前面には『棟方志功 チヤ』と夫婦の名を刻み、没年には永遠に生き続けるという意味を込めて「∞」(無限大)と彫り込まれているそうです。
ゴッホになりたかった志功は、ゴッホにならずに「世界に通ずる芸術家:棟方志功」になったんですね。
つらつらと書いてきましたが、共通しているのは、半端ない「熱意」に尽きるのかと…
フジタの日本への裏返しの愛情表現のような作品の数々。大観の日本人ゆえの真面目さキチッと感。志功の絵画(版画)への執着。。。
この秋に、そこまで熱意を持てるモノに出会えるでしょうか…
最近の買取事情(日本編)は上記になりますが、今後どんな流れになってくるか楽しみです!!

“芸術の秋” 到来

9月に入りました。

今年は、梅雨が長かったので夏もアッという間に過ぎ去って行った気がします。

台風が猛威をふるっておりますが、各地での台風被害に際し心よりお見舞い申し上げます。

秋は気候も良いことから、スポーツや勉強、様々なことに打ち込むのに良い季節と言われております。
それを表現した言葉に「芸術の秋」という言葉もありますが、なぜこう言われるようになったのでしょう?

「芸術の秋」という言葉は、「美術の秋」がもとになったそうです。「美術の秋」というフレーズは、1918年に雑誌「新潮」で使われたものだそうです。約100年の歴史ですね。短いと捉えていいのか、長いと捉えていいのか、迷うところです。

また、秋には芸術展が数多く開催されるのも、「芸術の秋」と言われる理由の一つと考えられております。日本で有名な美術公募展である二科展、日展、院展はすべて、秋に開催されています。秋は芸術作品を作るだけでなく、鑑賞するのにもぴったりの季節なのでしょう。

では、弊社が取り扱わせていただいている作家の”秋”をのぞいてみましょう。

魁夷 秋
【東山 魁夷】行く秋
東山先生の著書の一部に「秋深い林の中を落ち葉を踏んで歩く。楓の黄葉が地上に織り上げた金色のタペストリー。行く秋は淋しいと誰が言ったのか。私が見出したのは、荘重で華麗な自然の生命の燃焼である。」

一見、日本人に馴染みのある銀杏と思いがちですが、楓なんですね。先生の代表カラーでもない黄色ですが、やはり気持ちを豊かにしてくれる一枚ですね。

球子 秋
【片岡 球子】富士四題・秋

「春」「夏」「冬」との四連作版画のうちの「秋」。見事な色彩です。
秋の院展に初出展し、初入選したのは昭和5年、その2年後に2度目の入選を果たす。その後の入選は5年後となったため、落選の神様というあだ名さえ付いたという。
山の絵の印象が強い球子ですが、人物画にうちこむうちに、その背景や雰囲気を表現する為に、風景画や植物画をを独学にて学ばれたそうです。滝、海を表現し、最後に山を研究されたそうです。絵柄から受けるエネルギーは、季節など関係なく生命力にあふれています。

平山郁夫 秋の塔
【平山 郁夫】 秋の塔

1985年制作の木版画。秋をテーマに描かれた作品は数少なく、こちらもなかなか目にすることが少ない作品です。
また、平山先生と言えばシルクロードのモチーフが有名ですね。29歳のときに「仏教伝来」で院展に入選を果たし、それ以来何度もシルクロードを旅します。このエピソードはまた改めて…。

平八郎 秋
【福田 平八郎】 紅葉に小鳥
シンプルな美しさ。季節がしっかり入っていて、二羽の小鳥の精密さと動きがあり、まさに完成された構図ですね。ですが、平八郎といえば“日本画モダン”というキャッチフレーズがピッタリくる作風です。

昭和7年に発表した「漣」は当時ものすごく大胆な作品として印象に残ったようです。ここでご紹介したものとは、全く違う画風ですので、調べてみても面白いかと思います。

芸術の秋。月も紅葉も自然の芸術に勝るものは無いですね。

…ですが、私はやはり食欲の秋が勝ってしまいます。。。

アートオークションと日本人

先日、クリスティーズオークションにて、ジャン・ミシェル・バスキアの作品が作家のオークションレコードで落札されたとニュースになりました。

落札したのは、ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイ創業者の前澤友作氏。

バスキア「Untitled」が5,728万ドル(約63億円)の高額で落札されました。

20160512-maezawayusaku

前澤氏は、公益財団法人「現代芸術振興財団」の会長で、千葉市内に建設を予定している美術館に所蔵する目的で購入したそうです。更にバスキアの作品に加え、全部で5点の作品を落札されたとのこと!

ブルース・ナウマンの「Eat War」168万ドル。

eat war

アレクサンダー・カルダー「Sumac 17」576万ドル。

smac17

リチャード・プリンス「Runaway Nurse」968万ドル。

runaway nurse

ジェフ・クーンズのスティール彫刻作品「ロブスター」688万ドル。

Koons-Lobster

前澤氏はツイッターで「ストリート出身であるバスキアの最高傑作を、ストリートカルチャーにいろんな影響を受けた僕が、恩返しとして、日本のどこかで展示して日本のみなさんに思う存分近くで見てもらえたらなと思い、思い切って落札しました!」と落札に至った心情を述べられています。

日本人とアートオークションと言えば、1980年代後半のバブル期において、豊富な資金を元手に日本人資産家や日本企業が海外の有名オークションで、バブルマネーを駆使しアート市場で巨額美術品を買い漁ったことで有名です。

世界の美術市場から逸脱する高額な買値を提示、他国のバイヤーから「美術品の値段を極端に釣り上げ過ぎる」と批判されることも多く、この時期に買われた名画や美術品はバブル経済崩壊後も売却できず、事実上の不良資産として企業などに死蔵される結果となり、最悪の場合は銀行の担保となっているケースもあり悪評の高い行動と批判されました。

ですが、今回の前澤氏の落札は単に話題作り等ではなく、自身では2012年に公益財団法人も設立しており、世界でも貴重なアートをコレクションして展示し、広く世界の人に見てもらいたい、という「未来志向」の想いがあります。

「作品のコンディションや投資を念頭に置いたリセールバリュー云々ではなく、彼(バスキア)のカルチャーや生き様を理解して、後世にこの作品を受け継いでいくという重要な責任があると思っている。」とバブル期の日本人バイヤーとは根本の目的が違います。

本物のアートに触れることで、個人の感性が磨かれ、その延長線上に文化の豊かな国になっていく。

当社の企業理念とも合致しますが、今後前澤氏がどのようなアートをコレクションしていくのか、その動向に注目ですね。

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