美術品について

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『具体美術』の奥深さ

『具体美術』

知っているようで、知らなかった…。

このお仕事に携わるようになり、何とな~く知ってる薄い知識が、最近めっきり濃くなってきております。

今回のお題もそのひとつです。おつきあい下されば幸いです。

「具体」こと具体美術協会は、1954年に関西の抽象美術画家・吉原治良を中心に結成。結成時は15人。

治良円005【吉原治良】

翌年には、白髪一雄、村上三郎、金山明、田中敦子らが合流。

白髪一雄【白髪一雄】

そこに元永定正が参加。

定正【元永定正】

「我々の精神が自由であるという証を具体的に提示したい」という想いから名付けられた「具体」は、「これまでになかったものを作れ」という吉原の厳しい指示と、公園や舞台、空中を使う展覧会といった企画に刺激され、奇想天外な発想でユニークな作品を次々と生み出しました。

それらは当時、国内ではほとんど評価されませんでしたが、フランスの批評家ミシェル・タピエによって「アンフォルメル(激しい抽象絵画を中心とした美術の動向を表した言葉)の日本における一例」として広く海外へ紹介され、高く評価されるようになりました。

ここから急に作品も洗練されてきます。美術の概念から外れた作品が少なくなり、ついで若い美術家が入ってくるようになり、最終的には59名の美術家の集団になっていました。

具体の作品が多様化し、具体らしさがなくなってしまいました。 1972年 吉原が急死し、具体は解散します。

『具体美術』は吉原の死と共に急展開を迎えましたが、世界的な注目と評価を獲得したことは画家冥利につきるのではないでしょうか。

エネルギーの塊のような吉原治良の生い立ちを覗いてみたいと思います。

1905年1月1日大阪の油問屋の御曹司として生まれ、同世代の画家たちが留学するなかで、家業を継ぐため留学は許されず、悔しい思いをしたようです。

後年、具体結成にあたり最初から世界を目指し、国際的な活動を視野に入れていたことは、この留学コンプレックスが根底にあったためといわれています。
魚などを題材に具象画を描いていましたが、敬愛する藤田嗣治に作品を見てもらい独自性のなさを指摘され、幾何学的な抽象絵画へと徐々に転換していきます。
戦後は吉原製油社長としての実業のかたわら絵画・デザインの制作にも精力的に取り組み、住んでいた芦屋市で若い美術家らを集めて画塾を開き、そこから1954年に前衛的な美術を志向する「具体美術協会」を結成しリーダーとなります。
激動の18年。 たった18年? しかし、この具体美術は、現代に確かに大きな影響を与えています。

〈作品紹介〉

治良2治良

吉原治良のこだわりの円。見てみるといろんな円が出て来ます。個人的には右の円が好みです。

白髪画

作品を足で描く白髪一雄の作品。天井につるされた紐にぶらさがりながら描くダイナミックさ!!

文中の画像の紐が案外細い事も驚きです。

定正本気元永絵本

「僕は知性派じゃなく、アホ派です」という元永定正は、油彩やインスタレーションだけでなく、絵本の自作のネーミングは抜群のセンスです。絵本はたくさん出ておりまして、それらしく声で表現しながら読むと、ものすごく楽しい世界になります。

今回も、独断で作品を選んでしまいましたが、ご興味のある美術家を掘り下げてみても面白いのではないかと思います。

弊社では、具体作家の作品も積極的に取り扱っております。

長々とおつきあい下さり、ありがとうございました。

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