徐悲鴻 (ジョヒコウ)

作家についての紹介/履歴

1894年江蘇省宜興県に生まれる。
1917年絵を売って得た資金で日本に留学。留学中は、毎日博物館や個人宅に通いつめ、様々な絵を鑑賞した。その後北京に戻り、北京大学画法研究会の講師となった。
1919年国費留学生としてフランス、パリの高等美術学校に入学。歴史画家のフェルナンの指導を受けた。在欧期間には、ドイツでも2年間学び、絵を描き続けた。留学期間は八年におよび、画業のほかに、イギリス、イタリア、スイス、ベルギーなどへも出かけ、古今の名作に親しんだ。
1927年帰国後は、上海南国芸術学院、北平(北京の旧名)芸術学院の教鞭をとった。
1940年インドの詩聖、タゴールの招きに応じてインドを訪問、講演と個展を行った。
1949年新中国の建国直前、中華全国文芸工作者代表大会では、中華全国美術工作者協会主席に選ばれた。
1950年中央美術学院の初代院長に就任。
1954年脳溢血のため逝去。
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