マイセン (マイセン)

作家についての紹介/履歴

1709年ザクセン・フォークラント地方のアウエ鉱山のカオリンを原料とした白磁の製造に成功し、翌年にドレスデンに「王立ザクセン磁器工場」が設立され、硬質磁器製造の独占権が与えられた。
1720年ウィーンから招かれた絵付師ヨハン・グレゴリウス・ヘロルトらによってヨーロッパ的なロココ調の作品が主流になった。
1764年工場私設の芸術学校が創設され、4年間の訓練・実習と専門課程が設けられている。
トレードマーク年交差した2本の剣。1723年から用いられており、これは現在まで使われているトレードマークの中ではもっとも古くからあるものの一つである。なお、刃や鍔の傾きなどは年代によって変化している。
代表作              
ブルーオニオンマイセン窯草創期、中国の東洋の東洋磁器に描かれたコバルトブルーのザクロが西洋に伝わった際、西洋ではザクロが一般的ではなかったためタマネギと誤認されたことから作られた図案。、1739年にヨハン・ヘロルトが、上絵付釉の調合技法を開発し、完成した。1860年代に意匠登録されたが、19世紀末の財政危機の際に使用権が売却されたため、現在ではマイセンの他、フッチェンロイターやデュビでも生産されている。
インドの華         
柿右衛門          
ドラゴンマイセン窯の絵付けとしては初期に確立された、シノワズリ(中国趣味)の図案による染付食器シリーズ。「柿右衛門」はその名の通り柿右衛門窯の図案の写しであり、「ドラゴン」は景徳鎮窯などから輸出された食器などに使用されていた龍の図案の写しである。
ドイツの華ドイツで自生する草花を題材とする染付食器シリーズ。1730年代に絵付師のヨハン・クリーガーによって初めて描かれたと推定される。以後植物図鑑などに題材を求めて拡張され、テーブルウェア一式として18世紀中頃に整備された。
猿の楽団初期のマイセン窯を代表する原型師(モデラー)であり、長くマイセン窯の造形主任を務めたヨハン・ケンドラーと同じく原型師のペーター・ライニッケの2名によって1765年に創作された一連の人形シリーズ。猿がオーケストラの楽団員に扮する、寓意に満ちた造形で知られる。
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