岡本太郎 (オカモトタロウ)

作家についての紹介/履歴

1911年東京・青山に生まれる。
1929年東京美術学校に入学。半年後に中退。
1933年アブストラクシオン・クレアシオン協会会員となる。「空間」を発表。
1936年「傷ましき腕」を発表。
1938年第一回国際シュルレアリスト・パリ展に「傷ましき腕」を招待出品。パリ大学で哲学、社会学民族学を学ぶ。
1939年パリ大学民族学科卒業。
1941年秋の二科展に滞欧作品を特別出品。東京・銀座三越にて個展を開く。
1948年花田清輝と共に「夜の会」を組織。芸術活動を始める。
1950年「現代絵画の15人展」にて、モダン・アートの代表として決定的評価を得る。
1952年東京国立博物館で縄文土器に触れ、衝撃を受ける。「縄文土器論」を発表。
地下鉄日本橋駅に壁画「創生」をつくる。
1953年パリ、ニューヨーク、ワシントンで個展を開催。
第二回サンパウロ・ビエンナーレに日本代表として出品。
1954年青山のアトリエを移し、現代芸術研究所を設立。「今日の芸術」が刊行され、ベストセラーになる。
1956年旧東京都庁舎に「日の壁」「月の壁」など、11面の陶板レリーフ壁画を完成。
1959年国際建築絵画大賞を受賞。
1957年「日本再発見ー芸術風土記」を芸術新潮に連載。
1959年東京国立競技場での野外オペラ「ローエングリーン」の美術担当する。
1960年「沖縄文化論 忘れられない日本」刊行。毎日出版文化賞を受賞。
1962年川崎市多摩河畔に岡本かの子文学碑「誇り」制作。
1964年東京オリンピック参加記念メダルを制作。
代々木の国立競技場に「眼」「走る」「競う」など、7面の陶板レリーフとモザイクによる壁画を完成。
1965年一年間、「週刊朝日」に「岡本太郎の眼」連載。名古屋・久国寺に「梵鐘・歓喜」をつくる。
1966年東京・数寄屋橋公園に「若い時計台」を制作。
1970年日本万博博覧会シンボルゾーンの中心に「太陽の塔」「母の塔」「青春の塔」を含むテーマ館をプロデュース・制作。館長となる。
1973年全長56mの飛行船に絵を描く。
1975年ドキュメントリー映画「岡本太郎/マルセル・モースの肖像」が、イタリア・アゾロ映画祭で大賞を受賞。
パリ国際センターに「太陽と月」「いこい」「めざめ」「風」「赤」の5面のレリーフ壁画を完成。
1981年原色鮮やかな「鯉のぼり」発表。山梨県立美術館などで250点出品の大個展を開催。
1985年東京・青山の「こどもの城」前にシンボル・モニュメント「こどもの樹」を制作。
1988年岐阜未来博のモニュメント「未来に拓く」竣工
1993年千葉県浦安市運動公園にシンボル・モニュメント「躍動の門」「五大陸」を完成。
1994年三重県の「世界祝祭博覧会」モニュメント「であい」完成。
東京ワタリウム美術館で大作「哄笑」を発表。
1996年逝去。享年84歳。財団法人岡本太郎記念現代芸術振興財団を設立。
1998年岡本太郎の住宅兼アトリエを改修し、岡本太郎記念館を開く。
1999年川崎市多摩区に川崎市岡本太郎美術館を開館。
2004年10月、『明日の神話』再生プロジェクトを創設。
2006年『明日の神話』修復作業が完了。
2007年東京都現代美術館にて、『明日の神話』特別公開される。(2008年4月13日まで)
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