木下孝則 (キノシタ タカノリ)

作家についての紹介/履歴

1894年東京市に生まれる。
1917年京都帝国大学法科政治経済学科に入学。
1921年第8回二科展にて「富永君肖像」が初入選。
1923年渡欧。イタリアに数力月滞在、秋帰国。
小島善太郎、児島善三郎、林武、野口弥太郎、木下義謙らと円鳥会会員となる。
1924年第11回二科展にて樗牛賞受賞。
1925年第12回二科展にて二科賞を受賞。
1926年1930年協会を前田寛治、佐伯祐三、里見勝蔵、小島善太郎らと創立。
第1回展に渡欧作品12点出品。
1930年協会宣言文「純真を慕う」が東京日日新聞に載る。
1928年渡欧。
1933年サロン・ドートンヌに「ピンクのガウンをかけた女」を出品。
1935年帰国。
1936年木下義謙、小山敬三、硲伊之助らと二科会を退会。一水会の創立に参加。
1937年第1回一水会展に「O氏像」「ヴォーグ」「K嬢像」出品。
1952年第1回日本国際美術展に「裸婦」「少女像」出品。
1962年第1回一水会委員展(日本橋三越)に「靴下をはく女」出品。
1969年改組第1回日展に「水色のバレーダンサー」出品。
1973年逝去。享年79歳。勲四等旭日小綬章を受章。
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