萬鉄五郎 (ヨロズテツゴロウ)

作家についての紹介/履歴

1885年岩手県和賀郡に生まれる。
1903年上京し、早稲田中学で学びながら、白馬会第二研究所(菊坂研究所)で素描を学ぶ。
1906年アメリカ西海岸にわたる。サンフランシスコの美術学校で本格的な修業をすることを目指すが、この年に起きたサンフランシスコ地震で生活が困難になり、数ヶ月で帰国する。
1907年東京美術学校西洋画科に入学する。
1911年日本画家の広島新太郎(のちの広島晃甫)らとアブサント会を結成する。
1912年東京美術学校の卒業制作として、《裸体美人》を提出する。
1912年フュウザン会第1回展に出品する。
1917年二科展にキュビスム的作品の《もたれて立つ人》を出品する。
1919年病気療養のため、神奈川県茅ヶ崎市に転居する。鳥海青児、原精一らが薫陶を受ける。
1922年春陽会の設立に参加する。
1922年鉄人会を起こし南画の研究を進める。
1927年逝去。
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