朝倉文夫 (アサクラフミオ)

朝倉文夫 (アサクラフミオ)についての履歴

1883年大分県大野市に生まれる。
1907年東京美術学校卒業制作として「進化」を発表し研究科へと進む。第2回文展に『闇』を出展し、最高賞である2等となり翌年も「山から来た男」で3等を得る。
1910年最高傑作ともいわれる「墓守」発表。帰国後も第8回文展まで連続上位入賞を果たし、第10回文展においては34歳の若さで最年少審査員に抜擢される。
1944年東京美術学校教授を辞し帝室技芸員、従三位、勲四等瑞宝章受章。
1948年第6回文化勲章を受章。翌年に、日展運営会常務理事。
1954年日展理事。
1958年日展の顧問に就任した。非常に多作であり、全国各地に数多くの像を残した。
1964年逝去。享年81歳。正三位を追贈される。
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