砂沢ビッキ (スナサワビッキ)

砂沢ビッキ (スナサワビッキ)についての履歴

1931年北海道旭川市に生まれる。戸籍上の名は「恒雄(ひさお)」。「ビッキ」は少年の頃からの愛称である。
1947年北海道立農業講習所(現・北海道立農業大学校)に入学。
1953年阿寒湖畔に滞在し、土産物の木彫に従事。鎌倉に移り住み、阿寒湖畔と鎌倉を往復する生活が始まる。
1955年第五回モダンアート協会展(東京都美術館)に絵画『考える人』を出品し、初入選。
1956年第六回モダンアート協会展に彫刻『後進民族』を出品して、彫刻に転向。
1960年第一回集団現代彫刻展(東京:西武百貨店)に『動物6 捕獲された動物』を出品。
1968年中央区宮の森に「アトリエモア」を構える。その後、北日本民芸社内にアトリエを移し、「アトリエモアモア」と名付ける。
1978年第一回北海道現代美術展(北海道立近代美術館)にを出品。9月、個展(札幌時計台ギャラリー)。会場にて音威子府高校校長、狩野剛を知り、その勧めにより音威子府村への移住を決意。廃校となった筬島小学校跡をアトリエとし、「BIKKYアトリエ3モア」と名づける。
1980年音威子府駅前の『オトイネップタワー』を制作。1990年に強風で折れ、以後は筬島小学校のアトリエサンモアで展示されている。
1985年「現代彫刻の歩み-木の造形」(神奈川県民ホールギャラリー)に『トゥ(TOH)』二点を出品。「ドキュメント人間列島-カムイの大地に木霊が響く」(NHK)出演。
1986年木の六人展(北海道立近代美術館)に出品。
1989年「現代作家シリーズ89-上野憲男・砂澤ビッキ・吹田文明展」(神奈川県立県民ホールギャラリー)出品。札幌愛育病院にて死去。享年57。
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