高田博厚 (タカタヒロアツ)

高田博厚 (タカタヒロアツ)についての履歴

1900年石川県七尾市に生まれる。
1913年県立福井中学(現福井県立藤島高等学校)へ進み、美術・文学・哲学に熱中した。
1918年中学を卒業して東京へ移り、年長の高村光太郎、岸田劉生、岩田豊雄、中川一政、尾崎喜八、高橋元吉、片山敏彦、岩波茂雄らをつぎつぎに知る。1921年頃、制作を絵画から彫刻に転じた。
1922年コンディヴィの『ミケランジェロ伝』の翻訳を、岩波書店より初出版。
1928年当時非合法の共産党員をかくまい、警察に留置された。このころ、武者小路実篤、草野心平、谷川徹三、古谷綱武、中原中也、小林秀雄、大岡昇平、中野重治、梅原龍三郎らを知る。
1931年妻と4人の子を残して渡仏。シニャック、アラン、ヴィルドラック、デュアメル、ジュール・ロマン、ルオー、ジャン・コクトーらと付き合い、その塑像を制作した。かたわら、多くの記事を日本へ送り、生活の助けにした。
1937年在欧日本人向けに、謄写版刷りの日刊『日仏通信』を始めた。1938年『パリ日本美術家協会』を設立した。ドイツに占領された1940年、毎日新聞の特派員になった。
1948年カンヌ国際映画祭日本代表を10年続けた。
1957年帰国し、東京に住む。以後、新制作協会会員、日本美術家連盟委員、日本ペンクラブ理事、東京芸術大学講師などを勤めた。
1966年鎌倉市稲村ヶ崎に移った。大野常と再婚した。
1987年86歳で没。
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